拾った千円の事

7年半ほど前のある朝

バスを降りて会社に向かっていたら、道端にお札が落ちているのに気づいた。

千円札が1枚、裸で落ちているのを拾った。

警察に届け出るべきなのはわかっていたけど、交番に寄っていたら遅刻してしまう。

とりあえず職場に行ってから、昼休みにでも交番に行こうと思って、とっさにポケットにしまった。

3月だったけど、まだ肌寒くてコートを着ていた。

 

職場について、いろいろなことに詳しい人に、拾ってすぐに届けなくても大丈夫かと聞いたら、その日のうちに届ければ大丈夫と言われて、それなら時間の短い昼休みではなく、仕事が終わってから交番に行こうと思った。

 

たったの千円をネコババするつもりはなかったし(1万円なら悩んだかもしれない)、そのまま平穏に一日が過ぎてたら、ちゃんと交番に届けていたと思う。

 

でも、その日の午後は平穏に過ぎてはくれなくて、14時46分に大きな地震が起きて、世界がしっちゃかめっちゃかになった。

津波のおかげで住む家を失った私は、その後の数週間はまず生きるのに精一杯で、ポケットに入れた拾った千円のことなど忘れ果てた。

 

数ヶ月経って生活も落ち着いたころ、ふいに春先に道端で拾った千円札のことを思い出した。

それまでまったく思い出さなかったけれど、ポケットの中はとっくに空になっていて、使った記憶もなかったけれど、たぶん、どうしてそこに千円札が入っているかなど気にもせずにどこかで使ったのだろう。

時間も経っていたし、拾った千円札は手元になかったので、思い出したけれど交番には行かなかった。

 

時々思い出して、申し訳ないような情けないような、微妙な気持ちになる。